歯医者 21.4.13

歯医者に行っても泣かないように、あの金属音に慣れるために毎日家でルー・リードの『メタル・マシーン・ミュージック』を聴いた成果はぜんぜん発揮されず、いったいなんでこの俺が、と顔に布を被せられた状態で、SM、まるでSM、器具による拷問、辱め。涙とよだれを垂らしながら、それでも俺は日々のヴィパッサナー瞑想によって培った客観視を使い、自分自身の痛みを対象として観ることで自己から切り離そうとしたが痛いものはやはり痛い。しかしこの痛みも終われば過ぎ去る、今度はウラジミール・ナボコフの未来回想を駆使して、これは未来から振り返った今なのだ、と言い聞かせているが、言い聞かせていると感じている時点で自分が自分を騙していることに白けてしまう。そういう世代。ジェネレーション。なにがナボコフじゃ、裏地見とけ! え、痛っ! そんな削って大丈夫? 歯。ほんまにいまだに削るしかないんか、術? あるやろ。隠してるやろ。医療利権! 隠された真実! Qアノン! キリスト福音派! サバタイ派フランキスト! ニコラ・テスラ! いやマジで原始時代とかどうしてたん? みんな虫歯で死んでたん? 結局んとこ自然治癒力高めたらいい話なんちゃうん? と思い、シータ波という潜在意識を開く波が流れる装置を使って瞑想を続けバイブスを上げ、チャクラを光らせ回してきたが、どうにも限界で駆け込んだのがこの歯医者。
痛かったら押して下さいねえ、とブザーを渡されたが、このブザーを押せば、あっ! これくらいで痛いと思ってるんだこいつう、ぷぷ、あーんなちっちゃな子供でも耐えてるのにい! と内心で思われそうで押せない。でも痛い。押したい。でも押してむっちゃ大きい音出たらどうしよ。ブーーーー!!!! 院内に響き渡るまるで俺の人生そのものが失敗だったことの証明みたいなクソでか爆裂ブザー音。みんなが集まってくる。化粧の濃い歯科助手の女がくすくす笑う。パッド入りのブラで大きく盛った乳、今夜はこっそり若先生とインレー、ってか?
おめでとうございます! あなたは当院ではじめてブザーを押した最初の臆病者です! 実は当院は歯科ではなく、国から臆病者を見つけ出すように依頼された施設なのです。米国と中国によってまもなく引き起こされる戦争のために我が国の国民にもまもなく兵役の義務が課せられます。兵士として使えない臆病者をこうして見つけ出すのが当施設の役割なのです。麻酔用意! えっ、ぜんぜん動かれへん。気持ちいいなあ〜、むかし吸いまくったスパイス・ダイヤモンドみたいやあ。よし、この臆病者をこのままレプリカントに改造しろ。あっ、あかんって、ドリルが、そんなに突き抜けたら。もう、戻られへんて。