ゴーストタウン 21.4.16

花を生ければ花は枯れ、魚を飼えば海老も死に、なにもやってもうまくいかず、やけになっていたところにコロナ、疫病の蔓延、大いなる災厄が世界に降りかかり、なんだかもうすべてがどうでもよくなってしまった僕は書を捨てずに街を捨て、いわゆるゴーストタウンに移り住むことにした。仕事ならネットを使えばいい。webライターでもやれば、糊口をしのぐくらいはできるはず。間抜けな僕でも。

それでいざ暮らし始めてみると、はじめのうちこそ戸惑いはあったものの、思いのほかあっさりとゴーストタウンというものに慣れた。幽霊たちにもいろんなやつがいるが面白いのはその色で、大抵はぼうっと薔薇色ににじんでいる、これは意外だったが、幽霊というのは綺麗なものなんだな、静かだし、匂いもないし、古いレコードをかけながら僕はただ幽霊たちが壁を通り抜けたり突然その場でくるくる回ったりするのを見つめているが、ちっとも飽きない。

大抵は、と言ったが、こないだ見た幽霊は瑠璃色で、あれはよかった、俯いた若い女の人で、穏やかな水のような印象を受けた。僕がベッドに腰かけながら荒れた皮膚に薬を塗っていると、リビングの椅子に彼女がじっと座っていることに気づいた。しばらくすると消えたので、すこし寂しくなってしまった。幽霊だって、ちゃんとそこにいるのだ。重さはないが、気配はある。その気配がぽっと灯っている感じだけで、誰かと空間を共有している安心のようなものが生まれる。不思議なものだ。

ここに来るまで、幽霊と聞くと僕はまず最初に〈恐怖〉と結びつけていたが、幽霊それ自体から怖さが来るのではなく、怖さは幽霊を見たという自分の心からやってきているのだと分かった。逆上がりや自転車と一緒で、分かってしまえばあとはこわくない。僕は幽霊ではなく、単に未知を怖れていただけだったのだ。

人間だけじゃなくて、サボテンにも犬にも猫にも鳩にも幽霊はいる。だから声がないだけでけっこうここは賑やかだ。生きているのか幽霊なのかだって、もうあまり気にならない。貯金が尽きてきた僕は、だらだらとリラダンなんて読んでないで、そろそろ働かなくちゃいけない。幽霊は働かなくていい。それが羨ましい。