新開地 2021.5.7
近づいてくる。嫌な予感。思ったよりまだ風が冷たい。雨が上がって、二日酔いで動かなかった分をたまには、と外を散歩に出て、商店街を南へ抜けた駐車場の横で立っていると向こうから老人がこちらに歩いてくるのが目に止まる。そのままやはりまっすぐ来て話しかけてくる。ノー・マスク。わたしの意識に少しだけ警戒という言葉が現れる。いざとなれば動けるはず。敵意はない。老人。小柄で痩せがた、黄色のシャツと灰色のズボン、おそらく酒毒で浅黒くなった肌、目やにが両方にこびりついていて、唇は乾燥している。
ボートレースはやってますか? すぐそこにあるボートレース場が意識に浮かぶ。そうだ、この町はボートレース場が中心にある町なのだ、という記憶が引き出される。だがわたしはボートレースには行かない。
すいません、分かりません。
どうなんですかね、ああ、あれ、閉まってますよね? たしかに閉まっているように見える。時間も夕方六時、閉まっているだろう。
閉まってますね、ええ。
そうかあ。老人は苦笑いする。
遠くから来られたんですか? ボートレースのために、わざわざこの町に来たのかと思ったので、そう聞くと、パチンコです、と老人が言う。パチンコでね、負けましてん。ほんでその分をね、取り返したろ思て。わたしは、おどけた表情を作る。パチンコでね、ぼろ負けですわ! だからね、取り戻したろ思とったんですけどねえ。
老人は笑顔のままで去っていった。
キリギリスとコオロギに ジョン・キーツ
地上の詩は決して死なない
すべての鳥たちが灼熱の太陽に滲んで消え
冷たい木々に隠れるとき、〈声〉は響き渡るだろう
刈り立ての牧草地を巡る生垣から
The Poetry of earth is never dead:
When all the birds are faint with the hot sun,
And hide in cooling trees, a voice will run
From hedge to hedge about the new-mown mead;
それはキリギリスの声 眩い夏へと導く
彼は喜びの歌をやめない 歌い疲れたら楽にして
足下の快い草で休む
That is the Grasshopper’s—he takes the lead
In summer luxury,—he has never done
With his delights; for when tired out with fun
He rests at ease beneath some pleasant weed.
地上の詩は決して終わらない
さみしい冬の黄昏 精巧な沈黙
ストーブに在るコオロギの鋭い歌
でも暖かさは増し続け まどろみにいる人には
草深い丘のキリギリスの歌みたいに思える
The poetry of earth is ceasing never:
On a lone winter evening, when the frost
Has wrought a silence, from the stove there shrills
The Cricket’s song, in warmth increasing ever,
And seems to one in drowsiness half lost,
The Grasshopper’s among some grassy hills.
●
高らかに天を舞い美しい歌を歌う鳥たちが消えた時、地上の歌は、キリギリスの、怠け者の歌は必要とされる。
厳しい冬の季節には同じく地上に住まうコオロギが鋭く歌う。しかし、まどろみ=夢を通じて、コオロギからキリギリスへの、厳しい冬から眩い夏への回路が開く。
夏が冬になるのではなく、冬が夏になるのでもない。季節がそう呼ばれるだけで、歌も同じだ。目の前にあるものは仮相で、その奥には実相がある。
●
The poetry of earth is never dead.
この言い切りの気持ちよさ。
faint かすかな
太陽の光で鳥が見えなくなるようなビジョンを、滲んで消えとした
mead 牧草地
meadowの古語
tired out with fun
全力を出した心地よい疲労感、というところか
歌い疲れたらとした
wrought a silence
wroughtには(神のなせる)業、という意味があるとのこと
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精巧な沈黙! おおげさに言えば彫琢された沈黙! 素晴らしい。
ソーダのアイスバー 21.4.19
世界を理解するならまず植物図鑑から買わねばなるまい。歩く道に生えている草や花、その名前すら知らないということに突然わたしはショックを受けた。わたしは毎日見ているものの名前すら分からないのだ。既知から未知へ。世界は手袋をひっくり返すように裏返り、くらくらとした目眩を感じながら、その日はどうにかデパートに行って買い物を終えて家に帰ってきた。夏。クーラーがあたるとわたしは調子が悪くなるが、クーラーなしでは、この炎天下、生きていけるはずもない。あぢい、とうめきながらアイスでも頬張ろうかと冷凍庫を見るがチョコレートのアイスバーしかない。ちがう。わたしがいま食べたいのはソーダのアイスバーなのだ。あの水色。見ているだけで涼しくなる。チョコレートのアイスバーは炬燵にだってあう、冬でも食べられるがソーダのアイスバーは絶対に、夏! いますぐ誰か、持ってきてくりい、とベッドの上でだらだら寝そべりながら、なんの生産性もない時間を過ごしている。そんなわたしが嫌いだ、と思っている自分のことは嫌い、ではない。
スマホで雑草の写真をいろいろ見ているけど、やっぱり実際に見てみないとよく分からない。角度や光によって、同じ雑草でもちがって見えるのは、自撮りをする時にあちこちスマホで盛れる角度を探すわたしにもよく分かる話だ。
夏はまだ始まったばかりだが、秋になれば、もう少し風が冷たくなれば、道を歩いて雑草たちの名前を一つ一つ調べていくのもいいかもしれない。すごいなあ、たとえばタンポポ、タンポポという名前をつけた人がいて、名前をつけた人の名前をつけて産み育てたその人の両親がいて、そうやって出会ったり別れたりして巡った縁が、目の前で揺れているこの可憐な黄色の小さな花に宿っているなんて。タンポポ一つに、宇宙のすべての歴史と可能性が詰め込まれている。すごい。
でもきっとわたしは秋になってもこうしてだらだらとベッドで寝そべって、いつまでたっても雑草の名前なんて調べにいかないだろう。それより、夏が終わる前にソーダのアイスバーを食べなくちゃ。ああ、誰か、ソーダのアイスバー、持ってきてくりい。とわたしはTwitterに呟いて、シーツの冷たい部分を足で探し出して、もう少しだらだらすることにした。
犇 21.4.18
見てみい。これ。この漢字。犇。ひしめく。ひしめいてるねえ、牛が三匹。二匹でも〈ぎゅうぎゅう〉やねんから、それ以上。ぎゅうぎゅうぎゅう、で、犇。わ! またワシ、上手いこと言うてもうたわあ。ウシちゃうで、ワシやでえ、わっはっは! と笑うワシはもちろん一人のロンサムボーイ、ボーイと言ってももうすぐ五十、だいたい群れるなんてなあ家畜が、鰯が、己の身を守るための技術であって、胸を張って、男子よ、いや最近はこれだけでは差別になっちまう、女子も、一人で生きていこうではないか!
そりゃあもちろん孤独はつきまとう。しかし孤独なんてのは結局隣の芝生が青いのと同じで、他人と比べるからそんな幻想に惑わされるのであって、生来より自分一人だけが自分なのだ、とはらわたから分かっていれば孤独など存在しない。この気持ちは幻。嘘。夢。そうだよね。と妻に逃げられ、財布を落とし、一日寝てみたが状況は変わらない。なにか術はないかってんで昼間っからぶらぶらほっつき歩いていて見つけた焼き肉屋「犇キッチン」。カルビもロースも犇いて。いいなあ。ダクトから流れる肉の焼ける匂い、ワシがまだ狩猟民族だったころの、太古の村の記憶へと誘う。その村はお尻を出した子一等賞。だからワシは常に半ケツ、どころか七割がた全ケツ。で、村のヒーロー。そのワシが焼き肉、どころかコンビニのおにぎりすら買えんのか、喰えんのかまったく理解できん。拳を握り、怒りに震え、突っ立ってると警察。向こうから。最悪。どうされましたか? いや、財布を落としましてね。今日ですか? 昨日です、たぶん。ちょっと飲みすぎて。なるほど、お父さん、いまも飲んでます? 飲んでないです。あとお父さんじゃないです。はは、なにか身分の分かるもの持ってはります? いや財布に全部入れてました。分かるやろ? アホかこいつ。なるほど、そうですよねえ、お名前とご住所だけお伺いしていいですか? いや、大丈夫です。あ、大丈夫とかじゃなくて。どうしていつもこう面倒なことになるのか。妻に逃げられ、財布を落とし、ヒーローだった原始時代から、こんなところまで無理やり連れてこられて。馬鹿にされ。見下され。蔑まれ。奪われ。裏切られ。近代の、資本主義、監視社会、マキャベリスト、テクノロジー! ビットコイン!」ははは、姿を見せたな狂人め、といった感じでおまわりがにやにや笑ってやがる。途中から声に出てたか。まあいい。侵略者め、もう一度連中から自然を取り戻さねばなるまい! ワシは絶叫、いまふたたび気持ちはヒーロー、焼き肉屋の中に突進。もうなにもかもうんざりだ。うんざりだ! と腐っていくテレパシーズの歌を唄いながら、もう、もう、って、あっ、いつのまにかワシが牛になっとるんやね。もー! なんて、思わず笑って。
酒と月 21.4.17
何日も降り止まない雨のせいで、外に出るのも億劫になった酒は、朝から自殺を飲むことにした。閉めきれていないカーテンの隙間から巨大な鈍い灰色の目が見えた。それがなにか悪いものではないことを酒は知っていた。目はただこちらを見つめてくるだけだ。それでも目に映る自分の目に映る目に自分の目が映り……そうやって気を抜けば、永遠は、無限への入り口はどこにでも口を開けるのだった。
白い手首に自殺を注いでいると、ピンポンが鳴った。Amazon、頼んでなかったよな。インターホンを覗くと月が立っていた。入っていい? と聞いてきたのは最初のころだけで、いまではなにも言わず、ドアを開けるとずかずかと入り込んできて、部屋の隅で体育座りをしながらしくしくと黒い涙を流して泣いていた。今日はまた一段とごっそり欠けているな、と酒は思った。
それで別になにを話すわけでもなく、酒はちびちびと自殺をやりながら芭蕉の俳句をまとめた本を読んでいたし、月はこらえきれずに星をあたりに撒き散らしてしまっていた。
その中に、よちよち歩く小さな緑色の赤ちゃん亀がいるのを酒は見つけて手ですくうと、赤い鬼灯が枯れてからというもの、ずっとからっぽだった青い陶器に水を注いで、ついでに集めた細かい星で陸を作ってあげて、そこに赤ちゃん亀を放してやった。見てみろよ、優しい気持ちになるから、と酒は月に言ったが、月は立ち上がると洗面台に行き、鏡を見て、けっきょくのところどこにもわたしはいない、と言って顔を手で覆い、その場にしゃがみこんだ。こぼれている。指の間から。涙。黒い。
自殺を置くと、酒は戸棚から小さな麦の楽器を取り出して、そいつを奏でながらいつものように音符を空間に並べた。泣きやんだ月が手で触れると音符たちは一つずつ物語を吐き出した。当たりの物語もあれば、はずれの物語もあった。〈ファ〉が吐き出したサーモンとまぐろとえんがわとつばすという名前の4匹の子山羊の話はよくできていて、いつのまにか酒と月は二人とも笑い転げていた。わたしは、と月が言った。つばすが好きだな。へえ。だってあの子、勇気があったでしょ。まあ、たしかにね。あれ? 亀がいる。陶器の中を覗き込んでいる。さっき言ったろ。かわいいね。うん。どうするの? どうってなに。飼うの? そのつもり。持って帰るか? 世話、できないからいい。あっそう。また見に来ていい? いいよ。だってそいつ、お前から生まれたみたいなもんだしね。そっか。そうだよ。じゃ、また来る。おう。あ、そうそう、これ、いる? なにこれ。月が笑う。イオンの福引で当たった。ヘアピン。貝殻がついてるのがいいね。だろ?
雨が上がったら、いや、上がらなくても、赤ちゃん亀の餌を買いに行かなくちゃいけないな、と酒は思った。いざとなりゃ、冷蔵庫の中のちくわでも与えてりゃいいんだろうけど。どうせなら。
ゴーストタウン 21.4.16
花を生ければ花は枯れ、魚を飼えば海老も死に、なにもやってもうまくいかず、やけになっていたところにコロナ、疫病の蔓延、大いなる災厄が世界に降りかかり、なんだかもうすべてがどうでもよくなってしまった僕は書を捨てずに街を捨て、いわゆるゴーストタウンに移り住むことにした。仕事ならネットを使えばいい。webライターでもやれば、糊口をしのぐくらいはできるはず。間抜けな僕でも。
それでいざ暮らし始めてみると、はじめのうちこそ戸惑いはあったものの、思いのほかあっさりとゴーストタウンというものに慣れた。幽霊たちにもいろんなやつがいるが面白いのはその色で、大抵はぼうっと薔薇色ににじんでいる、これは意外だったが、幽霊というのは綺麗なものなんだな、静かだし、匂いもないし、古いレコードをかけながら僕はただ幽霊たちが壁を通り抜けたり突然その場でくるくる回ったりするのを見つめているが、ちっとも飽きない。
大抵は、と言ったが、こないだ見た幽霊は瑠璃色で、あれはよかった、俯いた若い女の人で、穏やかな水のような印象を受けた。僕がベッドに腰かけながら荒れた皮膚に薬を塗っていると、リビングの椅子に彼女がじっと座っていることに気づいた。しばらくすると消えたので、すこし寂しくなってしまった。幽霊だって、ちゃんとそこにいるのだ。重さはないが、気配はある。その気配がぽっと灯っている感じだけで、誰かと空間を共有している安心のようなものが生まれる。不思議なものだ。
ここに来るまで、幽霊と聞くと僕はまず最初に〈恐怖〉と結びつけていたが、幽霊それ自体から怖さが来るのではなく、怖さは幽霊を見たという自分の心からやってきているのだと分かった。逆上がりや自転車と一緒で、分かってしまえばあとはこわくない。僕は幽霊ではなく、単に未知を怖れていただけだったのだ。
人間だけじゃなくて、サボテンにも犬にも猫にも鳩にも幽霊はいる。だから声がないだけでけっこうここは賑やかだ。生きているのか幽霊なのかだって、もうあまり気にならない。貯金が尽きてきた僕は、だらだらとリラダンなんて読んでないで、そろそろ働かなくちゃいけない。幽霊は働かなくていい。それが羨ましい。